祖母が認知症になった話2

こんにちは丸谷です。

皆さんお元気ですか?

私は年始に自分に過剰な期待をし過ぎてしんどくなる傾向にあります。

求め過ぎて自暴自棄になりがちな1月です。

今年こそは打破したいなぁと思いながらブログを綴っています。

皆さんはどんな1月をお過ごしですか?

穏やかにお過ごしの事を願っています。

さて写真は今年の初日の出の写真です。

朝の雰囲気や景色全て込みで美し過ぎて3日連続見に行きました。

何度か祖父と初日の出を見に来た事のある近所の小さな山頂です。

今は隣に祖父はいませんが毎年祖父と居合わせた方達が声をかけてくれました。

「もしかしてお孫さんですか?」

祖父がここに居た証が繋がれて行く様な気がして嬉しくなりました。

ちなみにですが祖母は初日の出などといったものには全く興味がなく「寒いし1円にもならないのに何しに行くん?」と言う人でした笑

さて前回の1の続きです。

認知症の事を「おばあちゃんがボケた」と表現するほど家族には知識がありませんでした。

何が何だか分からないといった感じで不安そうな祖母と祖母に振り回されている家族

誰も悪くない。でもどうしようもない。そしてこれからどうなって行くのか?

家中がそんな重い空気に包まれていました。

帰省が終わり後ろ髪をひかれながらも私は大阪へ戻りました。

認知症の事、介護保険の事、相談窓口の事などを調べて行く内に祖母を介護する未来が見えて来たので何かの役に立てばと介護職員初任者研修を受けに行きました。

この事がきっかけで後に介護の仕事を始めたので私のルーツのあちこちに存在する祖母です。

そんな中祖母からよく電話がかかってくる様になりました。

内容は様々でしたが共通していたのは「不安」でした。

祖父が浮気をしている、通帳のお金がない、物を盗られたなど

延々と同じ愚痴を繰り返します。

その時は認知症だと理解していたのでスピーカーにしてふんふん相槌を打ちながら家事をしたりしていました。

途中で気がついたのですが相槌など打たなくても勝手に喋ってしばらくしたら満足して一方的に電話を切られていました。

そんな中私は転職して有料老人ホームで介護士の仕事を始めていました。

祖母は介護認定を受けデイサービスに通う様になりました。

帰省するとデイサービスで描いた絵や作品が飾られており笑顔の写真に○○さんと書かれているのを見た時は職員さんに対して感謝の気持ちでいっぱいになりました。

その一方で認知症の症状は進みついには私の事が誰なのか分からなくなってしまいました。

祖母が「ご飯はまだ?」と聞いてきます。

私が「さっき食べたじゃろ」と答えると

祖母が「お腹に赤ちゃんがおるけえ栄養を摂らんとおえんのんよ」と言いました。

今祖母のお腹の中には母がいるのかなと思いました。

私の事が誰だか分からなくても祖母が今幸せな気持ちでいるのならそれでいいのかもしれないと思いました。

大阪に帰る日だったので祖母に挨拶をして外に出ると祖母が追いかけて来て

「大阪まで気をつけて帰られえよ」と言いました。

それは以前の祖母が大阪に帰る時にいつもかけてくれていた言葉です。

何かのきっかけで私の事を思い出してくれたのかもしれません。

そうじゃ無いかもしれません。

祖母がそこにいることは当たり前で、私を私と認識している事は当たり前だったのに

それを喜ぶ自分に寂しさを感じながら帰路に着きました。

続く

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