祖母が認知症になった話1

2026年がスタートして8日が過ぎようとしています。
新年のご挨拶をするには遅すぎる気もしますが明けましておめでとうございます。
皆さんいかがお過ごしでしょうか?
写真は昔まだ私が小さい頃、転けない様に祖母が手を繋いでくれて歩いた坂道です。
数十年後今度は祖母が転けない様に手を繋いで坂道を歩きました。
巡り、巡ります。
さて、今日は私が介護の仕事を始めるきっかけになった大好きな祖母のお話を綴ってみたいと思います。
私は両親が離婚しており母方の実家で暮らしていたので物心ついた時から祖父と祖母が同居している環境でした。
母は仕事をしており祖母が家にいたので幼い私と一番長く一緒にいたのは祖母でした。
食事を作るのも祖母、お弁当を作るのも祖母、一緒に寝るのも祖母、宿題をしろと言ってくるのも祖母・・・
ほぼお母さんの様な存在でした。
やがて時は過ぎ私は実家を出る日が来ました。
大阪という大都会に出る孫が心配な祖母は駅まで見送りに来てくれました。
「都会は怖えけえ騙されんようにせられえよ」的な事を言ってくれた様な記憶があります。
その後しこたま騙されましたがそれはまた別の話で笑
それからさらに時が過ぎ私は結婚をして夫と帰省した時の事です。
祖母がこっそり私のところへ来て通帳からお金がなくなっているから銀行へ連れて行って欲しいと言うのです。
状況がよく分からないまま銀行へ連れて行くと通帳に入っていたはずのお金がないと延々と銀行員さんに訴えていました。
しばらくすると銀行側からうちでは分からないから連れて帰って貰えないかと言う様な事を言われ祖母を説得して家に戻りました。
家に戻り事情を聞くと祖母はお金が無くなったと言っては毎日銀行に電話しているとの事でした。
また買い物に出掛けると同じ物を何個も何個も買ってくるなど明らかに今の自分なら認知症の症状だと直ぐに分かる様な状態でしたがその頃家族の誰もがそういった知識がなく「近頃ちょっと祖母がおかしい」くらいの認識であった為、祖母の不審な行動に家族間で喧嘩が絶えない様子でした。
祖父が祖母を怒鳴り祖母が泣く、仕事から帰った母に祖母が通帳のお金が無いと問い詰める、母がお金を盗ったと勘違いした叔父が母に怒鳴る、洗剤は一つも無いのに柔軟剤が12個ある・・・
異常事態です
しかし常に一緒にいる家族からすると変化がゆっくりで気づかなかったのか、正常な時もあるから見過ごしたのか、はたまた見ないふりをしていたのか
「喧嘩が増えて困っている」けど、「何故か?」や「どうするか?」と言った話は特に出ていない様子でした。
数日後には大阪へ戻らなくてはいけない私に一体何ができるのか?
知識不足でただ呆然とするしかなかった私に
「もしかしておばあちゃんボケて来たんかなあ?」
母がそう言ったのを今でも鮮明に覚えています。
続く





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